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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和46年(く)22号 決定 1971年8月02日

少年 R・N(昭二七・三・一一生)

主文

原決定を取消す。

本件を鹿児島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣旨および理由は、附添人弁護士亀田徳一郎作成の抗告申立書に記載のとおりであるからこれを引用し、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は要するに、原決定は少年の非行性などを理由とする要保護性に比し、保護者等の監督指導など保護能力が極めて不十分として、少年を中等少年院に送致する旨の保護処分がなされたのであるが、本件非行後既に一年を経過しており、少年は当時の同僚と一切の交渉を絶ち、現在は海上自衛隊に入隊していて、真面目に生活する決意を固めており、保護者においても被害の弁償に努めるとともに今後少年に対し厳重な監督と熱意を以てその指導に当ることを誓つており十分の保護能力を有しているので、原決定の処分には著しい不当がある、というに帰するものである。

原決定が、少年を中等少年院に送致したその理由の説示における処遇と題する項の趣旨を要約すると、本件非行の動機、犯行手口の大胆さ、勤務先に対する背信性と、過去四回に亘る道路交通法違反保護事件の処分によつてもなお十分な内省を欠いたその遵法精神の欠如とから推して少年の犯罪性向は深化定着化の傾向を示し、要保護性は極めて高いのにも拘らず少年は現在海上自衛隊に所属しその環境の特殊性から少年に対する個別指導を期待するについては自ら限度があり、保護者には具体的保護指導の方策もなく、他に少年の指導援護を期待し得る社会資源もないから在宅保護に適しないものとして、結局施設への収容による保護矯正を図る以外に保護の方法はない、というものである。

よつて少年保護事件記録および少年調査記録ならびに当審における事実取調の結果(本件抗告申立書に添付の保護者作成の陳述書および○日○製鉄株式会社○畑製鉄所経理部財務課長○中○太○作成の領収証の取調)に基づき調査するに

本件非行は少年とその従弟に当る年少少年Aとの両名による昭和四五年六月二五日と同年七月二日の二回に亘る○日○製鉄株式会社の砲金窃取と、同月三日成人五名に右少年二名を交えた同会社の電線の窃取との前後三回に亘る窃盗であるが、当時少年は親元を離れて昭和四四年一二月から父方の叔父に当る兵庫県相生市○○×丁目×の×番地居住の○木○雄方に身を寄せ、同人の世話で鉄工修理○村工業に雇われ仕上工として働き月額三万五〇〇〇円の給与を受けており、その外にその給与の中から毎月二万五〇〇〇円宛父母のもとに送金して貧しい家計を助けていた事情も認め得るところである。勤務先の勤労状況をみてみると、右○村工業は○平工業の下請をしていた小規模の企業であり、本件当時の作業場は姫路市○○区所在の○日○製鉄○畑製鉄所の熱延管理試験室であつて、少年等は同室の配管作業に従事していたが、作業上の指示は○平工業の係員から受けていたものの、これは少年等に対する直接の監督者ではないものの如く、作業場では現場監督責任者の厳格な統率による確立した秩序のもとで働いていた状況ではなく、従つて作業場の紀律はかなり緩やかなものであつたことが窺われるところであり、かつ他面、被害会社○日○製鉄株式会社と少年との間に雇傭関係は勿論その他の直接的信任関係は存在していなかつたといわなければならない。このように本件非行の背景には少年の父母兄弟と遠く離れて生活していた個人生活の淋しい一面と、紀律の弛緩していた職場環境との影響のあることを看過し得ないところであり、しかもその環境的影響こそは本件非行の重要な要因をなしていることを指摘することができる。

少年は本件非行当時満一八歳に達していたが、中学生徒の頃は学業成績は普通で怠学はなく、交友関係も円滑であつて、穏やかな優しい気質と、万事に控え目な性格特徴が窺われ、原審審判当時における矢田部ギルフォード性格検査の結果の上からは気分易変性、攻撃性、思考外向性の外幾分抑うつ傾向の窺える性格特徴が認められるところ、いずれの特徴も著しい偏倚を示すものはなく、資質、人格特性面に本件非行に関し特に取り立てて留意しなければならない点は見出せない。しかも本件非行後既に一年を経過するもその間再非行がなく、このようにみて来ると本件非行当時たとい情動面に変調があつたとしてもそれは一時的なものに過ぎず、その後の自衛隊への入隊等環境の変化とともに現在ではほとんど消褪しているものと認められるところである。

右に検討した環境面および資質面の特性を対比すると、本件非行の要因は、少年の資質、人格面に発する割合は少なく、却つて非行当時の生活環境や職場における行為環境に発するものが著しく大であつたことが認められる。もつとも、少年には過去四回の道路交通法違反が認められ、かつ少年の性格に外向的特徴があるところから内省力に幾分欠けるもののあることが窺われなくもないが、その違反の態様は必ずしも悪質なものではなく、内省力の弱さと対比しかつ本件非行をも重ねて総合してみてもこれを以て直ちに少年の規範を軽視する情性稀薄な性情の現れと見るのは酷に過ぎるものというべきであろう。さらに又、前記説示の如く、少年と被害会社との間には直接の信任関係はないので、本件非行が被害会社に対する背信行為とみることは適切とはいい難く、ひいては右にいう背信性を論拠にして、これを少年の情性面への評価に反映させることも又極めて妥当性を欠くものであることはいうまでもない。少年の性向における犯罪的危険性は現在においてはさ程高いものではなく、結局非行性の昂進度についての原審の評価は誇大に過ぎるきらいがあるといい得よう。しかして、少年は、既に相生市の前記叔父の許を去つて、かつての同僚とは一切の交渉を絶つており、現在は海上自衛隊○○地区駐屯部隊に所属しており、日常の防衛訓練と紀律ある内務生活を通じて、これに少年の自覚が伴えば、十分に自律更生の道を歩み得るとみて、少年を再非行の危険性から予防し得ることを期待してもさして誤りはないであろう。他方少年の保護者も少年に対する過去の監督保護の不十分さを深く反省し、今後は厳格な監督と指導を誓つておることが認められる外、被害会社に対する被害の大部分を弁償し、実害の程度を極めて小額に止めていて、被害感情も融和されている事情を肯認することができる。

以上検討のあとをかれこれ総合すると、少年を施設に収容しなければ、その犯罪的危険性から予防する保護の目的を達成し難い状態にあるものとは必ずしも認め難く、在宅保護によつても十分に保護の目的を達し得るものというべく、又少年が海上自衛隊に止まりかつ十分の自覚を伴えば不処分によつても保護の目的を達成することも必ずしも困難とはいい難いので、原決定による処分は著しく不当たるを免れない。論旨は結局理由がある。

よつて本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項により原決定を取消したうえ、本件保護事件を鹿児島家庭裁判所に差し戻すべく、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 淵上寿 裁判官 真庭春夫 笹本淳子)

参考二 附添人弁護士 亀田徳一郎の抗告理由(昭四六・六・二九)

抗告の理由

本件決定には左記のとおり処分の著しい不当がある。

一、本件は約一年前の事件であり、少年は事後、そのような仲間や行為とは一切関係せず、自衛隊に入隊して真面目に生活を送る決意をしていた。犯した行為については心から反省しており二度と繰り返さないことを誓つている。

二、決定の一つの根拠として、保護者が少年の指導監督に十分な熱意を持つていないとの判断がなされたことが考えられる。

父親は目もよく見えず入院中、母親は耳がよく聞えぬ状況にあり、はたして真実、少年の指導監督がなしうるのか疑われたのも、もつともな話である。父親は当時子供を信頼しきつており、事実の重要さについて、よく理解しておらず、容易に考えていた模様である。しかし、少年院送りの結果がでて、事実について詳しく説明を受けてはじめて、ようやく事態の全貌を理解し、子供が親の知らぬ間に大それたことをしでかしたことを認識して現在痛恨しているというのが実情である。

従つて決定当時は本件行為をした少年の父親としてはまつたく横着で無責任な態度にでているとの印象を裁判官に与えたようであるが、これは事案をまつたく理解していない無知から出た所行であつて、もとより他意のあつたことではない。別紙陳述書にもあるとおり、保護者両名とも心より不明を詫び、今後厳重に且つ熱意をもつて少年の指導監督に尽くすことを誓つている。父親も退院して家に居るようになつた。

三、その他少年の指導監督については、地区の民生委員や父母の知人或は近所の人達もこの度の事件を機に父母を援助することを申出ており、多くの体の不自由な父母を助け、或は少年に直接忠告するなどの応援を惜しまない状況にある。

四、保護者は事態を認識するや直ちに人を介して被害会社と示談をし、被害の弁償を済ませるという具体的な措置をとつた。このことは以上にのべた、保護者の反省が単に言葉だけのものではなくて、真実心の底から出たものであることを示している。

(以下編省略)

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